2009年02月04日

学歴の馬鹿馬鹿しさ

学歴というのは、あってそれが報われるというのは人生のうち、かなり短い時間のようにも思える。
その時間というのは、新卒、第二新卒あたりで、企業が積極的に採用しようという、人生の中の非常に短い時期である。大体30歳過ぎくらいまでかもしれない。


自分自身も学歴ってなんだろう?と思ってしまった人に出会った事がある。

以前にいた会社で、大学院まで哲学を学んでいた人にあった事がある。
その人は、英語、ドイツ語、フランス語が読めて、しかも古代ギリシャ語まで読めるという人だった。
だが、実際にその人が30代後半でやっている仕事というのは、外資系有名PCメーカーの、お客さんからの、ハード、ソフト関連のサポートセンター受付業務だった。雇用形態は派遣契約社員である。
その仕事をする前も哲学や語学は全く関係のないマスコミ関係のアルバイトをしていたとその人は言っていた。

最初にその人に会った時に、古代ギリシャ語が読めてなぜこんな所で働いているのだろうと俺は思った記憶がある。
実際にその人に、ドイツ語やフランス語で、翻訳などの仕事は出来ないものなのか、と訊ねてみると、競争率が高くて、なかなか仕事が廻ってくる状況ではない、という答えが返ってきた。

学歴ってなんだろう、とつくづく思ったし、今でもそう思う。

しかし、その人と話していて感じたのは、この人は過去の学歴にも、専門分野にも全くしばられていないな、という事だった。
今のPC関係の仕事を割りに楽しんでやっているように見え、「この先派遣のままでどうするんですか。」と俺が尋ねると、「仕事がなくなったら、警備員やってでも食べていくつもりですよ。」と笑って話してくれた。

そういう風に割りきって生きているのは立派だなあと今、考えると思ってしまう。哲学というわりに特殊な学問がその人をそうさせたのかもしれない。



高学歴、と考えるとエリートコースを歩まないと、とか、キャリアをこう積んでとか、すぐに考えがちなのではないかと思うが、学歴=人生ではもちろんないし、学歴=好きな事でもない。

その出会った派遣社員の人にも、他にも進みたい道や、進んだ方が良かった道があったのかもしれないが、学歴というものに、しばられず、自分の生き方を飄々と決めていく、というのも一つの選択であると思う。
また自分の好きと思える事を、その時にやっていれば、自分という人間の道をちゃんと歩いているのではないか、とも思ったりする。






    
ラベル:学歴 大学院
posted by 原始人 at 04:32| Comment(4) | 就職活動、転職 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月20日

新卒採用というバカバカしいもの

昨今、就職内定をしていた学生の内定を企業側がこの不況により、取り消したということが、大きくニュースとして取り上げられているが、この新卒の採用というものほどバカバカしいものはないと思う。
何がバカバカしいかというと、新卒の学生を一括して採用し、それから何年か遅れただけの中途の人間を全く採用しようとしない日本の企業がである。
新卒と、大学を出て、3、4年しか経っていない既卒の人間とどれだけの違いがあるというのであろう?

もう、10年以上前から、企業に成果主義が導入されて、労働市場が流動化することが期待されていたわけだが、結局のところ、日本の企業文化というか採用文化?のようなものは変わらなかったと、この新卒採用取り消しのニュースを見ていればわかる。新卒の学生以外の中途採用がもっと活発に行われている状態であれば、このような事はショッキングなニュースとなり得ないからだ。

企業が、もっと海外を何年か放浪していた若者や、会社で社員として働くというスタンスをとらずに違うスタンスで自分を磨き上げるような生き方をしてきた人間を積極的に採用するようになれば、この日本も大きく変わっていくのになあと心から思う。この点に関しては企業の採用担当の人間がもっと変わっていかなくてはならないと思うが、この日本の現状はやはりなかなか変わらない。

こんな新卒採用にこだわるような会社に下手に入るよりは、自分が何かこれだ!と思えるものを少しずつでもつないでいって会社人間とならずに立派な自分人間となれるように生きるべきだとも思う。細く長く自分の好きな事を!というスタンスは重要である。

学校を出た後、フリーとして生きていくには色々な障害があるが、その一つとして、周りの社会一般と自分を比べて、大学を出た後の就職活動に思いを残すことだと思う。
多くの日本にある大企業でも未だに新卒だけを採用している。そこで自分が人より遅れて就職活動するというのも色々な思いがあることだろうなと思う。

しかし、新卒採用しかしていないような会社など、もう忘れてしまえばいいのだと思う。過去を置いていっても、自分の今ある能力は残るし、何より自分の好きな分野や、やってみたい仕事は残る。







     
ラベル:新卒 就職
posted by 原始人 at 18:59| Comment(0) | 就職活動、転職 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月12日

卒業してから大学院の教授に言われたこと

卒業してから大学院の教授に言われたこと

俺の大学院時代の教授は珍しく人間のできている人であった。大学時代を通して唯一尊敬のできるスケールの大きな人であったとも思う。

卒業後しばらくから、その教授に再会した時に言われたことがある。

「君は働いたらダメだよ。」

そう言われたのである。

今ならその意味が昔よりはっきりとわかる。

人間、働いてはいけない時期というのもあるのである。

自分の何らかの才能、好きな事を守るために働かないという重要なオプションをとらなければならない事もある。

働く事、特に自分が興味がなかったり、やる気をもてない仕事をする、ということは非常なストレスなのである。それは時として、自分が本来持っていた能力や興味を失わせ、自分自身を壊してしまうほどにストレスになりえる。

そういう状態になって働き続けても、多分、仕事は続かないし、下手をすれば体を壊してしまう。
また、自分が持っていた才能も失わせ、その能力を再び取り戻すには一定の時間を必要とする。

才能というのは、例えば芸術家の岡本太郎をガチガチに管理された印刷会社で、広告をデザインさせる仕事につかせようとしても決して発揮されないもの。それが才能なのである。
才能というのは非常に自由なものであり、とらえどころのない自由と一緒になって初めて発揮されるものなのである。

働かない事でその才能を守るというのは大切な事である。

特に、自分に向いていないと自分が直感的に感じる仕事や、強い人間関係のストレスを感じる仕事には自分を潰してしまうだけの力があると知るべきだと思う。





  




ラベル:転職 就職 大学院
posted by 原始人 at 19:01| Comment(0) | 就職活動、転職 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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